東京がボタニカルである本当の理由。

建物が密集する東京で、
緑はどんな役割を果たしているのか。

住宅が密集する東京の路地では、家を敷地一杯に建てられ、建物が道路ぎりぎりにまで迫っているところが多い。そのため暮らしに緑を求める人たちの家の前には、道路にまではみ出した形で緑が置かれている。いわば、路地のスモールガーデニングだ。ここでは(多少邪魔に感じても)歩行者は植物に敬意を払い、蹴り倒したり踏みつけたりしないないよう注意深く歩く。その結果路地は、人々の優しい気持ちに溢れ、安全で美しい環境となる。

路地におけるスモールガーデニングは、江戸の頃から脈々と続いている。こうした緑を媒体としたコミュニケーションは、限られた空間で肩を寄せ合って暮らすことが宿命の世界的大都市東京・江戸において、お互いが気持ちよく暮らすため自然と身につけてきた知恵なのかも知れない。

家の外に置かれた緑は、家と外の世界の境界や隣接する家との境界を曖昧にしている。まるで自分の住まいが社会的な境界を超えて街全体に広がっていくかのように。広がった意識は自分の住まいに対する愛情と同じように外の空間にも愛情を感じるようになる。

建築家・山田悦子さんはこの緑によるコミュニケーションの考え方を、空間デザインに取り入れている。

彼女が手掛ける市谷薬王寺のマンションでは、エントランスを抜け一歩建物の中に入ると、“パサージュ”と名付けられた長い吹き抜けの静謐な空間に包まれる。“パサージュ”に沿って1階の各住戸の玄関がゆったりと並んでいるため、マンションなのに、人の温もりを感じ落ちつける路地のような環境だ。

「このパサージュは喧騒から離れた静かな空間でありながら、大きな吹き抜けがもたらす高揚感もあります。」

その大空間に緑を配した理由を聞いてみる。

「植物は人工物に比べて複雑で繊細。しかも毎日微妙に表情を変えていきます。様々な種類の植物をここに配することで、住む人の目を日々楽しませることができるようにています。特に背の高いシンボルツリーは、人々の目線を上げさせ、吹き抜け空間の広がりとその先にある空を鑑賞してもらえるように設置したものです。」

緑を配したのには、さらに大事な理由があるという。

「ここに緑とベンチを配することで、それぞれの住戸の室内とパサージュとの間の、心理的な境界線を曖昧にする効果を狙っています。境界線が曖昧になると自分の家の中のようにパサージュの空間も大切にします。そうやって誰かが大切にする空間は、他の人たちにも大切さが伝わる。最終的には自然にみなさんが大切にする住まいとなることでしょう。」

誰かが大切に思うものは、他の誰かにも伝わり、大切に扱われる。東京・江戸の路地で育まれてきた知恵は、マンションという近代建築においてもお互い快適に暮らすための方法として有効なのだ。東京において植物は単に生き物として大切にされるのではなく、人と人の心をやんわりと繋いでくれる媒体として、これからも大切にされ続けていくのだろう。

洗練の大通りから、一歩路地へ入れば見つかる東京のスモールガーデニング愛。
人口百万人を超え、世界随一の大都市だったとも言われる江戸の頃より
階級を超え、あらゆる身分の人々が楽しんだ園芸文化は、
イギリスから訪れた植物学者ロバート・フォーチュンを驚かせたとか。

新宿区にて計画中のリノベーションマンション。

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山田悦子さんのアトリエは、テラスを囲む気持ちのよい空間。



建築家:山田悦子(やまだえつこ)プロフィール
アトリエエツコ一級建築事務所主宰
http://www.a-etsuko.jp/
1998年 the Berlage Institute Amsterdam(オランダ・アムステルダム)入学
1999年 moriko kira architect (オランダ・アムステルダム)入社
2007年 アトリエエツコ一級建築事務所 設立
受賞多数